2015年06月03日

NHKスペシャル 第2回「”バブル”と”失われた20年”何が起きていたのか」1


NHKスペシャル 戦後70年ニッポンの肖像


豊かさを求めて
第2回「”バブル”と”失われた20年”
何が起きていたのか」




<なぜバブルは膨らんだのか>


理由その1 金融の自由化

経済の体温計といわれる株価。先日2万円の大台を超えてニュースになりましたが、バブル絶頂期には38,915円まで上昇し、株などの資金運用で儲ける”財テク”という言葉が流行っていました。

金融に走る企業
当時、世界的に有名になった日本人がいます。”キタマネー”の異名を誇った阪和興業の北 茂社長です。本業は鉄や金属を扱う鉄鋼商社ですが、積極的な資金運用”財テク”を拡大させていました。

阪和興業は、高度経済成長を支えた鉄鋼の流通を担い急速に売り上げを伸ばしていきました。しかし、70年代に起こった2度のオイルショックを境に日本の高度成長に陰りが見え始めます。

鉄鋼の需要はそれまでの時代と同じには望めない時代がやって来ようといていました。その予想通り、創業以来右肩上がりを続けていた三和興業の売上は80年代に横ばいに転じました。

会社の元幹部の新宅さんは会社が変わる様子を記憶しています。これまで大切にしてきた社是社訓を取り下げ、掲げられたのは”利益第一主義”ののぼりだったといいます。


海外から資金調達し国内の高い金利で運用
アメリカからはじまりのちに世界へと広がった「金融の自由化」です。海外からの資金調達や金利の自由な設定などが行えるようになりました。アメリカは日本に金融の自由化を働きかけていました。

当時のアメリカ財務次官補のディビット・マルフォードさんには日本の金融の自由化には2つの狙いがありました。ひとつは、日本の金融市場を自由化することで巨額の資金を抱える日本の投資家たちに投資の選択肢を広げることでした。そしてもう一つはアメリカの金融機関の日本市場への参入の拡大でした。

金融自由化によってもたらされた新たな投資手法は日本企業を財テクに駆り立てました。企業は日本より金利の低い海外から資金を調達し、その資金を金利の高い国内の銀行預金や株式・為替で運用し資金を増やしていきました。阪和興業は財テクをはじめて5年で、財テクの利益は本業の2倍になっていました。

株価を引き上げる違法な取引
山一証券は”ニギリ”という損をさせない利回りを保証するかわりに阪和興業に巨額の取引を求めていたのです。ニギリは違法です。

当時、山一証券で株式部長を務めていた石原弘康さん(のちに副社長になった人物)は、ニギリに走った理由は、金融自由化で証券会社同士の競走競争激化が背景にあったと語ります。

そんな中、株価は85年には1万円台でしたが、4年後には3倍以上に跳ね上がってあがっていったのです。


続きを読む その2




posted by CYL at 18:23 | NHKスペシャル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2015年05月18日

「NHKスペシャル」廃炉への道 ”核燃料デブリ”未知なる戦い


NHKスペシャル 廃炉への道2015



世界最悪レベルの原発事故から4年が経ちました。格納容器にロボットが入り内部の様子がはじめて伝えられました。今年、40年とも言われる廃炉作業が福島第1原発で始まりました。長く険しい道のりの最大の難関は溶け落ちた核燃料デブリを取り出すことです。

核燃料デブリとは

デブリ(debris)=破片、残骸の意で、溶けた核燃料が原発の構造物とまざり固まったものです。デブリは数万年にわたって強い放射線量を発し続けます。1号機から3号機まで推定600トンの核燃料デブリの取り出しは、かつて人類が経験したことのないものです。デブリに挑む科学者や技術者たちの取り組みを追いました。

廃炉への道
”核燃料デブリ”未知なる戦い


東京電力と国が策定した廃炉工程表です。
2011〜2021 準備
2021〜2036 燃料デブリの取り出し
2036〜2051 処分・解体

最大の難関は、燃料デブリの取り出しです。取り出しに向けてまずは、どこに、どのような形でデブリが存在しているのかを調べる必要があります(格納容器内部調査)。そして、デブリを取り出す際のリスクを下げるためにデブリがどんな性質を持っているのか実際に模擬のデブリをつくって性質を調べます(模擬デブリ性状把握)。さらに、デブリを取り出す際の工法や装置の開発を行います(燃料デブリ取出 工法・装置開発)。

デブリの取り出しの成否はこれらの準備作業に大きく左右されます。そのため科学者や技術者を動員した国家プロジェクトが始まっています。

スリーマイル島原発

過去に事故を起こしたアメリカのスリーマイル島原発でデブリ取り出しの貴重な映像が残っていました。周りの金属と溶けて混じり合ったデブリは、撮影に3年、取り出しに11年かかりました。

スリーマイル島原発のデブリは原子炉内に止まっていましたが、福島では原子炉を突き破ったとされています。原子炉を覆う放射性物質を外に漏らさないための最後の砦である格納容器の下部まで達したとみられているのです。

ただ、シミュレーションによる推定のためどこに、どんな状態で、デブリがあるのか確かめられていません。

物理学者
高エネルギー加速器研究機構 高崎史彦さん



今年2月原子炉内部の核燃料を調べるために導入されたのが、内部を外から透視できる装置でした。責任者を務めるのは、物理学者の高崎史彦さんです。高崎さんは宇宙から降り注ぐ素粒子をつかって物体を透視する研究を行ってきました。事故当時一線を離れていましたが、自らの研究を生かしたいと現場に戻ってきたのです。

原子炉の中を突き抜けてくる宇宙線を観測することで人間の体をX線で見るように建物の中身を精密に測ることができ、デブリの場所を突き止めようというのです。

装置の仕組み

宇宙線が大気圏を通過する際ミューオンと呼ばれる素粒子が大量に生まれます。ミューオンは物質を通過する性質を持ちます。物質の密度のよって通過するミューオンの量は異なります。核燃料は極めて密度が高いのでほとんどミューオンを遮ってしまいます。そのため、ミューオンが通るところと通らないところが鮮明にわかるのでデブリがあるところとないところが外からはっきりわかると考えられます。

ミューオンを使った調査は時間をかけるほど精度が上がります。測定開始から1ヶ月、結果は
原子炉の内部のほとんど核燃料がないことがわかりました。つまり、デブリの状態になって原子炉のさらに下へ溶け落ちていることがわかったのです。

格納容器の下部を調査

原子炉のないということはさらに下の格納容器の下部にデブリがあると考えられます。ロボットを投入して格納容器の内部の調査を進めるのは、東電の清水さんです。格納容器内部にロボットが入るためのルートは限られています。検査に使われていた配管は放射線量が高いため、検査のための予備の配管を使うこととしました。配管の直径は10cmしかありません。そのため配管を通る特殊なロボットを3年かけて開発しました。配管を蛇のように進み、その後、走行しやすい形に変形して進むロボットです。

ロボットが走行する格納容器内部の通路は定期検査の際に人が歩くためのもので、原子炉を取り囲むように設置されています。デブリはその通路の下に溶け落ちていると考えられています。

調査を実施するメーカーの日立GEニュークリア・エナジーは、格納容器内部の一部再現をして訓練をしてきました。被曝をさけるため作業員は20分交代で6チームに分かれて作業にあたります。

配管を抜けて下部にある通路へ紐をつかってロボットを慎重に下ろします。白いモヤが見えてきました。核燃料を冷やす水がデブリの熱で水蒸気となっていました。原子炉を支える土台が見え、核燃料が溶け落ちたと思われる原子炉の壁に損傷はみられませんでした。

通路の床の隙間にカメラを向けると約70cm下方に水面が見えます。冷却水が安定して確保されていることがわかります。明かりが足りないため水の中までは見えませんでしたが、格納容器の底までの3mの間のどこかにデブリがあると考えられています。

デブリを確認するためには格納容器の底に降りるしかありません。カメラは地下へと降りるはしごをとらえました。損傷がなく入り口もふさがっている様子がないので、今後水中を調査するロボットが投入できそうなことがわかりました。

格納容器の底へ降りるもうひとつの通路の手前でロボットは身動きができなくなってしまいました。溝のはまってしまったのです。2時間脱出を試みましたが回収を諦めました。

10日間かけてひとつのフロアを確認することができました。今回の調査で格納容器の底へ降りるアクセスルートの確認ができたのは大きな収穫となりました。


デブリの取り出し

デブリの取り出しは、事故で壊れた格納容器を補修して水で満たし放射性物質を閉じ込めてからデブリを取り出す計画です。その際にデブリを動かす危険はないのか、デブリの性質をつかむ必要があります。デブリに何が混ざっているのかで対応が違ってくるからです。そこで様々なデブリの性質を把握するために模擬的に福島第一原発のデブリを作ってその性質を研究しています。

日本原子力研究開発機構 鷲谷忠博さん

CEAカダラッシュ研究所では、フランスと共同でデブリの研究が進められています。責任者 は日本原子力研究開発機構 鷲谷忠博さんです。鷲谷さんは新しい原子炉の開発を行ってきましたが、事故後、廃炉の研究に専念しています。

特殊な状況に注目

溶けた核燃料は、格納容器の下部にある厚いコンクリートを溶かしデブリにコンクリートが溶け込んでいるとされています。そこで模擬のデブリをつくりその性質を研究しています。


エネルギー総合工学研究所 内藤正則さん


今回の事故で何が起きたのか科学的に分析するエネルギー総合工学研究所の内藤正則さんは、「溶け方と固まり方はスリーマイル島の事故とは異なる。つまり過去に実例がない。」と語ります。

内藤さんは、コンクリートに溶け込んでいない上部のデブリの性質を調査研究しています。核燃料を溶かして様々なデブリをつくることができる韓国原子力研究所で実験を行いました。

実際に福島第一原発の事故のデータに基づきグラム単位で核燃料を形成する酸化ウランやそれを覆う金属のジルコニウムなど原子炉内にあった5つの物質で模擬デブリをつくります。

注目は酸化ホウソ

酸化ホウソは、核分裂を止める際に投入される制御棒の主な材料です。つくった模擬デブリは2つの部分から構成されていました。電子顕微鏡で拡大して調べてみると2つの部分はウランの濃度に3倍の違いが生じていました。酸化ホウソにも偏りが見られ、ウランの少ない方に酸化ホウソが集中していました。酸化ホウソが少なくウランが多い部分に再臨界の懸念が生まれました。

再臨界の懸念

臨海とは、原子炉の内部でおこっている核分裂反応の連鎖です。ウランが連続的に分裂し新たな放射性物質を生み出します。その際、膨大な熱が生じます。この臨海がデブリで再び起きるのが再臨界です。

東京都市大学高木直行教授によると、デブリを切断したり位置を変えたりすることで臨海が起こる懸念はあるが、局所臨海で放射線が外部に影響を与えるとか運転員に大きな影響を与えるということは懸念しなくてもいいのではと語ります。

デブリを取り出す装置開発

デブリを取り出す装置(ロボット)の開発に取り組む三菱重工業では再臨界への対応を検討していました。臨海監視や万が一を想定してシステムや施設の開発を進めています。

時計の針を進めるべく努力が

福島第一原発へと続く国道6号線の沿道は4年前のまま時が止まっています。その時計の針を進めるべく廃炉への一歩が踏み出され、多くの人々の懸命な努力が続いています。





posted by CYL at 18:44 | NHKスペシャル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2015年05月12日

「NHKスペシャル」生命大躍進第1集 そして”目”が生まれた

NHKスペシャル 生命大躍進

いままで生命の進化は、少しづつ変化しながら進化してきたと長らく考えられてきました。しかし、それだけでは説明できない事象が存在していました。その謎を解き明かす鍵は私たちの姿形を定める情報であるDNAにありました。DNAの激変が進化の大ジャンプを引き起こしていたのです。

第1集(全3集)
そして”目”が生まれた


いのちの樹
40億年の命の進化は、1つの細胞からはじまりました。植物と動物に分かれ、さらに動物が枝分かれてして現在の人間が誕生しました。

進化の謎
目はいつどうやってできたのか?それは、徐々に起きた変化ではなくいまから約5億年前に突然起こりました。

化石発見
カナダの西部のロッキー山脈で、最初に地球で目をもった生き物の化石が発見されました。発見者はロイヤル・オンタリオ博物館のジャン・ベルナール・キャロン博士です。3年前に起きた山火事でむき出しになった5億年以上前のカンブリア紀の地層から目をもった生物の化石が次々と発見されたのです。

目の優劣が生死を分けた
カンブリア紀と呼ばれる5億年前の地球には、奇妙な形をした生き物が海の中で暮らしていました。いままで微生物だった生物は、カンブリア紀に大型で複雑なものへと変化していました。

カンブリア紀の王者はアノマロカリスでした。アノマロカリスは、カンブリア紀最大の生物で、トンボの目のような小さな目が集まった複眼をもつ、体長50cm以上の肉食動物です。

一度に360度見える複眼をもち、周りをみて獲物を捕らえることができたいました。3cmほどの小さな動物のアラルコメネウスのひょうたん型の目は上下がよく見るが背後が見えないという弱点がありました。カンブリア紀の生物にとって、目は優劣が生死を分ける大大きな要素となっていました。そのため多種多様な目をもつ生物が存在していました。

<植物のDNAが動物に>
最初の目を持ったと考えられたのは、クラゲのような原始的な生き物でした。生命の設計図であるDNA研究の権威であるウォルター・ゲーリングさんと五條堀 孝さん(アブドラ国王科学技術大学教授)は、クラゲの傘の傘の内側にある小さな目を調べれば、目の起源についてわかるはずだと考えました。

クラゲの目は、三日月型の黒い部分で明暗を感じます。クラゲの目と同じ特徴をもつ生物がいます。それは日本に生息するウズベンモウソウ(渦鞭毛草)です。ウズベンモウソウは、体の中にある葉緑体で光合成をする森の木々と同じ植物の仲間なのです。黒い三日月型の部分で光を感知しています。それは光合成の効率を上げるための何億年をかけて進化させた光センサーです。


ウズベンモウソウの黒い三日月はクラゲと同じものなのか、DNAで調べてみると極めて重要な遺伝子であるロドプシン遺伝子が見つかりました。ロドプシン遺伝子は、複雑な形のタンパク質を作り出す遺伝子で、動物の目のタンパク質と一緒であることがわかったのです。

常識を覆す仮説
植物の遺伝子が動物に移ったことが、動物が目を持てた理由であるという仮説を立てました。DNAが、種の壁を超えるといういままでの常識を覆す仮説でした。

仮説を実証する実例
ボストン近郊の浅瀬に住む4cmほどの動物、ウミウシの一種は、餌を食べなくても光を浴びるだけで生きることができます。動物でありながら葉緑体をもっていて光合成ができるのです。

ウミウシのDNAを調べたところ、海草の遺伝子が見つかったのです。つまり、ウミウシは海草の遺伝子組み込んで光合成ができるようになったのです。

進化の大ジャンプ
他の生物がつくったものを自分がもらえるとしたら、いままでのように長い時間をかけてつくらなくてもよくなりました。このことが生物としては大きな変化、躍進につながったのです。

どうやって植物からDNAが動物に
先カンブリア紀、クラゲのような生き物にまだ目はありませんでした。ロドプシン遺伝子をもつ植物プランクトンが周りにたくさんいます。ある日、植物プランクトンが原始生物の生殖細胞の中に偶然入り込みます。そこで植物のDNAが撒き散らされました。その中には、ロドプシン遺伝子があり動物のDNAと結合し、動物は光センサーの遺伝子を手に入れたのです。私たちの祖先の身体に大躍進の進化がもたらされた瞬間です。


<原始的な目からカメラ眼に>
明るい暗いの原始的な目を手にいれた動物は、節足動物と背骨をもつ脊椎動物に分かれます。カンブリア紀(5億500万年前)私たちの祖先が目をもったすぐ後の世界です。私たちの祖先、脊椎動物のはじまりは紐のような形をしたピカイアという、わずか3cmほどの小さな動物です。クラゲの目と同じ、明るい暗いのみ 原始的な目をもったピカイアは、節足動物に怯えながら生きていました。

3億6000万年前、脊椎動物は劇的に姿を変えていました。脊椎動物は王者ダンクルオステウスは、進化の末、巨大化し直径10cmのおおきな目、体長は最大10mになります。一方の節足動物の末裔はウミサソリ。こちらも体長は2mを超えて大きなハサミをもっています。

大逆転
節足動物に怯えて暮らしていた脊椎動物は目の進化によって大逆転を果たしていました。
人間と同じ”カメラ眼”へと進化していたのです。カメラ眼は、大きなレンズで光を集め、奥には解像度の高いスクリーンである網膜で像を結ぶことでものの姿形を捕らえることができます。カメラ眼のおかげで視力は高く遠くから敵の姿と動きをよく見ることができるようになっていました。一方の節足動物は、複眼のままでぼんやりとしか見えていないままでした。

どのようにカメラ眼に
フロリダの海に住む脊椎動物の祖先ピカイアの生き残こりと言われる生物がナメクジウオです。光をあてると反応し、小さな黒い点は明暗だけを感知する原始的な目をもっています。

原始的な眼の代表のナメクジウオとカメラ眼の代表の人のDNA情報を比べてみたところ、ナメクジウオには1つしかない遺伝子が人では4つに増えていることがわかりました。

体の基本構造をつくるHOX13遺伝子は、ナメクジウオには1つ、人間には4つありました。また、目を形作るときに重要なEYA遺伝子は、ナメクジウオには1つ、人では4つ見つかりました。かつて持っている遺伝子が丸ごと4倍にふえる大きな出来事があったのです。

遺伝子が4倍に
遺伝子はいわば新しい器官をつくる道具です。遺伝子が多いほど複雑で精巧な器官をつくることができます。精巧で複雑な器官の代表がカメラ眼です。カメラ眼には1800種類以上
の遺伝子が使われており、それらすべて遺伝子が4倍に増えたあとにできた遺伝子であることがわかっています。

どんなふうに4倍になったのか
カンブリア紀のはじめ、卵に精子をかけて繁殖が行われていました。通常は、父親の遺伝子を半部もつ精子と母親の遺伝子を半分もった卵子が受精卵となるのですが、丸ごともつ精子と卵子が出会って熟成し、親の2倍の遺伝子をもつ受精卵ができたのです。普通なら余分な遺伝子が邪魔をするため子供は誕生しないのですが無事に誕生したのです。

さらに同じ奇跡が再び起こり4倍のDNAをもつ子供が誕生したのです。遺伝子が増えたことで、顎やヒレ、カメラ眼など新しい器官をつくることができるようになりました。

2つの偶然の産物
私たちの眼は、植物から動物へとDNAが移行した奇跡と遺伝子が4倍になるといういわば2つの奇跡よってもたらされた賜物です。


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2015年05月03日

NHKスペシャル 明治神宮 不思議の森 100年の大実験2

NHKスペシャル
明治神宮 不思議の森
100年の大実験2



植樹する木を国民から募集
植樹を開始したのは東京駅が完成した1915年でした。
明治神宮に植樹する木は国民から募集をしました。すると明治神宮へ献上したいと多くの人々が手をあげました。日本全国から集まった木々の数は10万本に達しました。また植樹作業には全国から青年団が集結しました。その数は、のべ11万人にもなりました。原宿駅から専用の線路が引かれ最盛期には1日30両の列車で樹木や資材を運びました。

計画的で緻密な植樹
最終的には常緑広葉樹の森を目指していましたが、最初に植えた木の半分は針葉樹でした。まず痩せた土地に適した松などの針葉樹を植えることで森の基本的な形をつくることが目的でした。

そして針葉樹の間に広葉樹を植えていきました。その配置は事細かに指示していきました。植樹には6年の歳月が費やされました。そして1920年11月1日明治神宮鎮座の日を迎えました。

その後は手を加えず
木々の自然の競争に任せるのみ

最初の植樹から50年、100年を経過すると自然と木々の間で競争がおきます。成長の早い広葉樹に押されて光を得ることができなくなった針葉樹は枯れてなくなっていきます。そしてなくなった針葉樹によって太陽の光が入り小さな若木の成長が促されるのです。最終的に常緑広葉樹が生き残こるようになるのです。

2015年ー植樹から100年経った現在
針葉樹は1割以下に激減し、常緑広葉樹が3分の2を占めています。樹木の数は100年前のおよそ半分に減っていますが、これまでの調査では皆無だった直径1mを越す常緑広葉樹の大木が244本確認されています。また、実生(木のあかちゃん)が40万本確認されています。3人が思い描いた未来予想図の通り自然と世代交代ができる常緑広葉樹の森になっているのです。それは彼らが思い描いた150年後ではなく50年も早く達成されていました。




posted by CYL at 19:00 | NHKスペシャル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

NHKスペシャル 明治神宮 不思議の森 100年の大実験1

NHKスペシャル
明治神宮 不思議の森
100年の大実験1


明治神宮の森は神の森とされ、許可なく立ち入ることを禁じられています。神の森には秘密がありました。実は神の森は”人工の森”ということです。荒地だった土地が鬱蒼と茂る森に成長した影には天才3人がつくった未来計画図がありました。

明治神宮の森の歴史
いまも明治神宮宝物殿に大切に保管されている「明治神宮御境内林苑計画」はおよそ100年前に書かれた森づくりの計画書です。そこに書かれているのは森の理想でした。”永久に荘厳神聖なる林相”、永遠につづく森という意味です。計画的に植樹することで、その後は人の手を加えることなく150年後には自然と森になるように計画してあります。

1920年明治神宮創建
明治神宮は、明治天皇とその妃である昭憲皇太后を祀るために新たにつくられました。そのときに一緒に計画されたのが鎮守の森でした。

森をつくった3人
森づくりに携わったのは、日本初の林学博士、公園の父と呼ばれる本多静六、その弟子の本郷高徳、上原敬二の3人でした。本多は本場ヨーロッパで最先端の林学を学んでいました。前述の林苑計画書をつくったのはこの3人でした。彼らが目指したのは永遠の森、もともとこの地にあった原生林でした。

数千年前、人の手が加わる前の東京には、一年中葉を落とすことのないシイやタブなど常緑広葉樹の森が広がっていました。鬱蒼とした原生林の中ではどんぐりから若木が生まれ森は途絶えることなく世代交代を繰り返していました。

総理大臣大隈重信の反対
3人がつくった計画に反対したのは時の総理大臣大隈重信でした。明治神宮にふさわしいのは伊勢や日光のような荘厳な杉林だとして杉を植えるように進言をしたのです。しかし、東京の風土には適していないとして本多は総理を説得しました。荒地で水分と養分がすくない土地に杉は向かないことを科学的なデータで反論を行い当初の予定どおり計画を進めました。

つづきを読む 2015年植樹から100年後の今は





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