2015年11月14日

カンブリア宮殿|ベネフィット・ワン社長_白石徳生

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カンブリア宮殿|
ベネフィット・ワン社長 白石徳生



割引施設90万件、会員数727万人
福利厚生代行会社


福利厚生とは
企業が社員のために用意するサービスのことです。現在、そのサービス内容は多岐にわたっていますが、一昔前の福利厚生の代表が保養所でした。箱根や軽井沢などに企業が宿泊施設を保有し、社員が格安で利用できるというものです。

時代は流れ、いまでは福利厚生をベネフィット・ワンのような代行会社に依頼している企業が全体のおよそ40%になっています。

福利厚生代行業界最大手のベネフィット・ワンの会員数は会員数727万人で、ホテルやレストラン、レジャー施設など割引施設90万件となっています。

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ベネフィット・ワン|割引の秘密

1,卸価格
会員数727万人というスケールメリットによる割引。たくさんの会員が利用するので安くして欲しいと交渉が可能になります。

2,閑散期の利用
お店やホテルには客が来ない閑散期があります。閑散期に安くしてくれれば会員が利用すると交渉することで、客がいないよりは安くてもよいということで了承してもらえるのです。結果として、お店やホテルにも閑散期にお客を呼び込めるというメリットがあります。

夢|いつか起業したい
白石社長はホンダやソニーのような世界的な企業をつくりたいと考えていました。会社員として働きながら、常にガリバー企業がない、大きな市場を探していました。

そこで目をつけたのがインターネットでした。軍事利用されていたインターネットが1995年にマイロソフトのWindowsが発売されたことで民間人が利用できるようになりました。当時のインターネット市場にはまだガリバー企業は存在していなかったため、インターネット市場に狙いを定めたのです。

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貫いてきたビジネスモデル
その当時、主流だったのが広告料を収入源とするサイトでした。たとえば格安の旅行サイトではホテルから広告料をもらってサイトを運営をするというビジネスモデルです。

しかし、白石社長が考えたのは利用者からの会費収入で運営するというものです。いわゆる課金型で広告料や手数料を取らず個人の負担で様々なサービスが利用できるサービスを目指したのです。

サービスで勝敗を分けるのは「機能」
白石氏は、サービスで勝敗を分けるのはボリュームではなく、どのサービスが良いか比較検討ができる「機能」だといいます。それを実現する場合、広告料や手数料をとるビジネスモデルでは実現できないと考えていました。

なぜならたくさんの広告料を支払ってくれているお店を「まずい」とは評価できなくなってしまう可能性があり、公平な比較検討ができなくなってしまうからです。そのために利用者が料金を支払う課金型ビジネスモデルにこだわって貫いてきたのです。

その結果、辿りついたのが、個人からの課金ではなく、企業から福利厚生費として課金をしてもらう形に辿りついたのです。

福利厚生<個人会員
いまでは、企業の福利厚生としてだけでなく個人でもサービスを利用できるようになっています。その結果、今年度には現在の福利厚生会員数380万人を個人会員数350万人が上回ることが予想されています。
posted by CYL at 11:14 | カンブリア宮殿 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月05日

カンブリア宮殿|大里総合管理社長_野老真理子

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カンブリア宮殿|
大里総合管理社長_野老真理子



会社の安定|土地管理業務
もともと大里総合管理は不動産会社で働いていた経験をもつ野老社長の母セヨ子が興した会社でした。

夫と離婚した母セヨ子は5人の子どもを養うために土地勘のあった房総で町の不動産屋さんをはじめたのです。

女でひとつで大学まで出してもらった野老社長は母を支えたいと卒業と同時に入社しました。

当時は一般の不動産屋と同じように物件の売買や仲介が中心でした。しかし、母セヨ子は土地管理業務に重点を移すようにと野老社長を指導しました。土地管理業務を増やすことで会社を安定させることができると母は考えていたのです。

野老社長は都会で暮らす土地の所有者を調べ草を刈るという営業文句で土地の管理業務を1984年に約500件だった契約数を1994年には6900件へと増やしたのです。そして1994年、34歳のときに母から会社を引き継いだのです。

運命を変えた転機
社長になって3年目に野老社長にとって転機となる悲劇が起こりました。それは土地管理を請け負う土地で木を伐採し、それをロープで農道の反対側から引っ張り上げようとしていた際に、ロープに気がつかずにバイクが突っ込み事故となりました。結局、バイクの運転手は亡くなってしまったのです。

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気づく力と実践する力
その人身事故をきっかけに野老社長は、危険に対する「気づく力」が欠けていたことを痛感しました。以来、気づく力を養うためにはじめたのが町の掃除でした。それも普通の掃除ではなく徹底した掃除です。

そして気がつくだけでは終わりません。気づいていても実践しなければそれは気づいていないことと同じだからです。気づき、そして実践することを大切にしているのです。

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売り上げ=役立ち料
地域に貢献するためには売り上げを上げることが必要となります。得てして売り上げを上げることは悪いことのように考える人がいますが、売り上げを上げるためには人々の役に立たなければならないのです。

つまり、売り上げを上げることは地域に役立っているということを意味するのです。反対に売り上げが上がらないならばそれは役に立っていないということになります。
posted by CYL at 23:27 | カンブリア宮殿 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月20日

カンブリア宮殿|とくし丸社長_住友達也

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カンブリア宮殿|とくし丸社長_住友達也



全国の買い物難民を救う
移動スーパー「とくし丸」


移動スーパー「とくし丸」は、小さな車に野菜やお肉、刺身などの生鮮食品や惣菜、日用品などを載せて、高齢になり自らの足で買い物に行くことができなくなった人々の家を回ります。

庭先まで車でやってくる「とくし丸」は、一軒一軒を回ることでお客と深い信頼関係を築いています。

その仕組みは、まず地元スーパーがとくし丸に導入依頼を行います。とくし丸は個人事業主に研修を行い、商品は地元スーパーが個人事業主に提供する形になっています。

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スーパーにとっては車両の導入や人を雇うことなく手軽に導入できるというメリットがあります。つまり、リスクを負うことなく買い物に困った人々を救い地域に貢献できるということで、まさに売り手よし、買い手よし、世間よしの「三方よし」の商売となるのです。

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とくし丸の創業のきっかけ

1957年徳島・阿波市生まれの住友さんは23歳の時に4畳半の下宿で雑誌を創刊しました。徳島の情報を掲載したタウン情報誌「あわわ」は、月4万部発行され、徳島では誰もが知る雑誌となりました。

そんな住友さんがとくし丸のビジネスを思いついたのは50代半ばになった頃でした。近所の人が自動車が運転できずに買い物に行くことが困難になっているという事態を母親の話から知った住友さんは、その問題を解決すべく2012年に移動スーパー「とくし丸」を創業したのです。自ら商品を売り歩くなかで独自のモデルを作り上げました。


儲かる秘密|市場調査

ビジネスにならないと思われる過疎地でさえ黒字を出している「とくし丸」のビジネスの秘密は、徹底した市場調査にありました。その方法は、買い物に困っている人を見つけ出すために、一軒一軒歩いて地域をまわるというものです。そんな地道な聞き込みによって本当に困っている住民を探し出し、点を線にすることで確実に収益を上げるコースを作り上げます。

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目指すは地域の自立

「とくし丸」が大切にしているのが、「地域が自立して生きていくための工夫」です。その一つが、個人事業主は担当するエリアの出身者を採用することです。同じ地元の出身者であるために深い信頼関係を築くことができるといいます。

また、地元商店があれば、その店の半径300mでは営業をしないと決めています。その理由は、地域のお店の競合になるのではなく、共存を目指すためです。

さらに、とくし丸の商品価格には10円が上乗せされています。これは、どうして黒字化できないときに考えた苦肉の策でしたが、いまでは「とくし丸」を地域を支えるために必要な仕組みの一つとしてお客に理解されています。


posted by CYL at 00:35 | カンブリア宮殿 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする