2015年06月29日

夢の扉+|東京芸術大学大学院 山田修さん

夢の扉|東京芸術大学 山田修.jpg



夢の扉+|


謎を解け!700年前を3DCGで完全再現
東京芸術大学大学院
非常勤講師 山田修さん(41)


東京芸術大学大学院の保存修復彫刻研究室では、日本の貴重な文化遺産を未来に伝える活動が行われています。仏像の修復や復元、レプリカの制作など日本で最高水準を誇る研究機関です。

レプリカの仏像を作成する学生の横にあるパソコンには3次元コンピュータグラフィック(3DCG)がありました。こうした文化財の3Dデータの活用を推し進めているのが山田修さんです。強い探求心と卓越した3D技術を武器に文化財の復元・再現に挑んでいます。

今まで伝えられてきたものを
次の世代に伝えていく


復元プロジェクト|摩訶耶寺(まかやじ)
静岡県浜松市にある摩訶耶寺は平安時代に建立された歴史あるお寺です。若い住職によると境内の物置小屋で古い仁王像が2体偶然見つかったといいます。仁王像はお寺の仁王門の左右に安置される口を開けた阿形像(あぎょうぞう)と口を結んだ吽形像(うんぎょうぞう)の2体が一対となり境内に入るものににらみをきかせます。

そんなお寺の顔とも言える仁王像が無残な形で長年放置されていたために、風化が進み、とくに吽形像(うんぎょうぞう)は原型をとどめていないほど損傷していました。山田さんに託されたのは、2体の仁王像と仁王門の3DCGによる復元でした。果たして復元できるのでしょうか。

夢の扉|仁王像仁王門再現プロジェクト.jpg


パーツデータ化|3Dスキャナー
まず山田さんが行ったのがばらばらになったパーツを3Dスキャナーでデータ化することでした。2体合わせて50個近くあるパーツの形状を記録していきます。

仏像づくりは、ひとつの木から彫りだして作り出す作り方もありますが、平安時代の中頃から複数のパーツを組み合わせてつくる「寄木造」という手法が主流となりました。国宝唐招提寺「千住観音立像」も寄木造で作られており、パーツの数はなんと1000近くもあります。修復やレプリカづくりは、パーツがどのように組み合わさっているのかを理解していないとできないのです。

修復作業を進める仁王像は、平安後期から鎌倉時代に作成させたと言われています。何度か塗り直され当初の色はほとんど残っていませんでした。そして仁王像が安置されていた仁王門は、その痕跡さえもいまは残されていませんでした。

データを組み合わせる
研究室に戻った山田さんが取りかかったのは、3Dスキャナで取り込んだパーツのデータを組みあせていくことでした。わずかな”かすがい”の跡などを頼りに曲線が不自然ではないかを見ながら作業を進めていきます。そして復元には解かなければならない謎がありました。それは、風化した吽形像の顔がどんな顔だったのか、そしてどんな仁王門に安置されていたのか、仁王像にはどんな色が塗られていたのか、です。

謎1|吽形像の顔
パソコン上で、顔の原型をとどめている阿形像を反転させて吽形像の上に重ね合わせて顔を再現していきます。3DCGならではの技です。さらに、壁にぶつかったら足で情報をたぐり寄せるのが山田流で、現存する仁王像の視察に向かいました。向かったのは摩訶耶寺と同じ時代に作られた愛知県岡崎市にある瀧山寺の仁王像でした。

謎2|仁王門
消失した仁王門のヒントを探るため山田さんが向かったのは京都綾部市にあるお寺でした。鎌倉時代に建立されたという仁王門は700年の時を山中で静かに刻んできました。摩訶耶寺の仁王門と同じ時代に建てられたもので、当時、中国から伝わった建築様式「木鼻」と呼ばれる梁が柱の上から出ている様式が使われていました。摩訶耶寺の仁王門にも使われていたと考えられます。

さらに摩訶耶寺から20kmしか離れていない財賀寺へ向かいました。そこにも古い仁王門が残っていました。細かな肉感まで表現した仁王像は摩訶耶寺の仁王像と共通した作風であることがわかりました。

そして山田さんが気がついたのは仁王像が安置された位置でした。通常、仁王像は仁王門の前方に安置されているのですが、摩訶耶寺の周辺地域では仁王門の後方に安置されていました。山田さんはそれに習って仁王像を門の後方へ移すことにしました。


謎3|色
仁王像の失われた色のヒントを求めて山田さんが訪れたのは、奈良の山中にある室生寺でした。平安時代を代表する仏像で国宝にも指定されている「中尊 釈迦如来立像」の後ろにある後背と呼ばれる部分に1000年前の顔料が残されていました。顔料が何で作られていたのか、X線を当ててその成分を分析します。その結果、赤色からは水銀、白い部分が鉛であることがわかりました。そして、山田さんは、800以上の計測データと自分の目で確かめた事実をもとに本格的なCGづくりがはじめました。


お披露目
摩訶耶寺の再現プロジェクト開始から10ヶ月、いよいよ完成した3DCGのお披露目の日がやってきました。本堂にはたくさんの檀家さんが集まっていました。朽ちた仁王像の700年前の色鮮やかな姿をみた檀家さんから感嘆の声と大きな拍手がわき上がりました。そして人生初というサイン攻めのあう山田さんの姿がありました。


転機|11年前の出会い
山田さんはもともと文化財に興味があったワケではありませんでした。東京芸術大学大学院を卒業後、建築系CG制作会社に入社しましたが、その時の睡眠時間は平均4時間という過酷な労働で病院に運ばれたことも一度や二度ではありませんでした。同僚もそれは同じで倒れたり、病気になったり、心の病を抱えたりしていたといいます。そんな仕事に疑問を感じながらも忙しく働き続けていた山田さんに11年前に大きな転機が訪れました。

仕事で出入りしていた東京芸術大学大学院の藪内佐斗司教授との出逢いでした。藪内教授は奈良のゆるキャラの”せんとくん”をデザインしたことでも知られ、古い彫刻の研究や復元について研究していました。建築のCGをつくる山田さんの高い技術に惚れ込んで山田さんを新たな世界へと導いたのです。文化財の伝承という大きな夢を持った山田さんはそれから11年邁進し続けてきました。


夢の扉|東京芸大 山田修さん終わりのことば.jpg


posted by CYL at 10:53 | 夢の扉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする