2015年06月04日

NHKスペシャル 第2回「”バブル”と”失われた20年”何が起きていたのか」4

NHKスペシャル 戦後70年ニッポンの肖像
第2回「”バブル”と”失われた20年”
何が起きていたのか」その4



<なぜ日本企業は長い停滞から
抜け出せなかったのか>
理由その1 新興国の台頭


1989年バブルが最高潮に達した年、世界では、米ソ冷戦終結し、社会主義が終焉をむかえ資本主義が世界に広がりを見せていました。韓国などの新興国が台頭し、中国が市場経済参入し、世界の工場へと変貌を遂げていきました。

一方の日本では金融機関破綻や企業倒産が起こりリストラや非正規雇用が拡大し長引くデフレに突入していきました。

20年の停滞
国家の経済規模を表す名目GDPですが、2013年の数値を20年前と比較してみます。1993年を100とすると日本の値は97.4とほとんど変わっていません。それに対して韓国は447.8と4倍に、中国に至っては1609.9と16倍になっているのです。

SANYOブランドが消滅
三洋電機元会長の井植敏さんがインタビューに応じてくれました。三洋電機は1947年に井植さんの父で松下幸之助さんの義理の弟にあたる井植歳男さんが創業しました。

国産初の噴流式洗濯機を開発するなどユニークな商品で会社は急成長をしました。1986年に社長に就任した井植さんは、世界一の企業を目指しますが、次第にグローバル競走に荒波に飲み込まれていきます。

中国や韓国の台頭
90年代、韓国のサムスンが技術力を背景にグローバル企業へと変貌を遂げます。技術力の背景には、日本の技術者のヘットハンティングもありました。

中国ではハイアールという企業が登場していましたが、井植さんがはじめて知ったのは2001年にハイアールを視察した時でした。10年以上その存在を知らなかったといいます。視察をして感じたことは、油断している間に中国企業がこれほどまでに成長してきていたことに驚愕したといいます。もっと早く気がついていればと後悔の念を語りました。

なぜもっと早く気がつかなかったのか
三洋電機の元社員で現在ハイアールのアジア統括を務める西澤さんは、バブル崩壊当時、国内市場の競争に明け暮れていたといいます。バブルの市場がまたくると思って日本市場ありきでビジネスしていたといいます。

当時国内では価格競争が起こっていました。価格競争から抜け出そう考えた企業は、こぞって新機能の開発に舵を切りました。音、消費電力などで他社との差異を出そうと考えました。

しかし、高い機能がのちにグローバル競走の足かせになってしまいました。高機能で高価な商品は世界では中国や韓国に価格で負けてしまったのです。

1993年から2010年の三洋電機、サムスン、ハイアールの売り上げの伸び率をみてみると三洋電機がほぼ伸び率0なのに対して、サムスンは5倍、ハイアールは90倍に成長していました。




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posted by CYL at 10:10 | NHKスペシャル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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