2015年05月18日

TBS「情熱大陸」 画家 山口晃(45)さん


TBS「情熱大陸」 画家 山口晃(45)さん


現代の大和絵師と呼ばれる画家山口晃さんは、東京芸術大学で油絵を専攻しましたが、もっと自由に絵を描きたいという思いから独学で日本画の技法を学び油絵と墨を使ったユニークな作品で注目を集めています。日本の美術シーンにおいてその人気は群を抜いています。

代表作には、「百貨店図日本橋新三越本店」「四天王立像 廣目天墨」、濃淡で勝負する襖絵なども手掛けます。(「養林庵書院奉納襖絵)

生い立ち

東京で生まれた山口さんは2歳から群馬県桐生で育ちました。日曜画家だった父の影響で絵に興味を持ちました。やがて好奇心は日本美術の歴史へと移り、高校時代に油絵を学び始めると自身の画力のつたなさを痛感しました。絵が上手くなりたいという一心で東京芸大で油絵を学びました。

しかしすぐに日本における西洋絵画のあり方に疑問を感じ始めます。明治期に輸入された技法や事物の捉え方から逃れたい、自由に絵を描きたいと模索する中で伝統的な日本画の技法を独学で身につけユニークな作風に辿りついたのです。

しかし、和洋折衷のお絵描きのようだと評されるのが少し悲しいと山口さんは語ります。伝統的な日本美術界は、自由に絵を描くことが難しい世界なのです。


東京谷中のアトリエ

1年前からはじめた取材には迷路のような創作の道のりが待っていました。東京谷中にあるアトリエで五木寛之さんの新聞連載「親鸞」の挿絵のため机に向かった山口さんでしたが、熟考すること1時間、まったく筆が進みません。突然アトリエにあったフラフープを回し、再びダンボールでつくった箱のような机に向かいました。山口さんは遅筆で有名とのこと。

京都ツアーの案内役

依頼仕事が多い山口さんは時には京都ツアーの案内役まで務めます。ツアーのハイライトは高級料亭で参加者からのお題に即興で絵を描くというものでした。江戸の昔、将軍や大名の間で流行った風流な遊びは、北斎や蕪村が宴席で腕をふるいました。

企画をやりたいといい出したのは山口さん本人でした。たまたまツアーが開催された日が夏至に当たるとということで参加者からのお題は夏至となりました。遅筆で知られる山口さんですが、月を眺める江戸町人の姿を墨で表現。20分足らずで見事に絵を完成させました。

個展準備

半年先の個展の準備で温泉宿に篭ったのは去年の夏のことでした。山口さんの様子は普段とは違って見えました。日常を忘れ新作の創を練る。新作が降りてくる瞬間を捕らえることができると期待が膨らみました。

部屋の窓から清流に遊ぼぶ鷺(さぎ)を飽きずに眺め、走らせたメモには「生き物らしくないライン 偽装」とありました。夜はパソコンで先人の作品を眺めて過ごしました。沈黙に耐えられず声をかけた取材班に「カブトムシの蛹(さなぎ)は触ると死んでしまう」と柔らかな口調で釘を刺しました。投げかけられた質問はまさに山口さんの頭の中にある創作のさなぎを殺してしまうようなものだと。広がりを見せる創作の源が質問に答えることで狭まってしまうというのです。

個展の2ヶ月前

アトリエに真っさらなカンバスがありました。まさに製作に着手するというところでした。製作に取り掛かったのは「来迎図」です。菩薩たちとともに阿弥陀如来が降臨し人々を浄土へ導くという仏画です。油絵と墨を使う山口さんの絵は塗り直しや書き直しが難しいため下書きから慎重です。まずは鉛筆で菩薩の配置をきめていきます。そして、方眼紙の上で全体のバランスを確かめていきます。

仕上がりのイメージはすでに頭にあると山口さんは語ります。しかし、描いているうちに抜け落ちていくものも少なくありません。1ヶ月経ってもその片鱗さえ覗かせていませんでした。

個展前日

個展会場である茨城県の水戸美術館に山口さんと未完成の「来迎図」がありました。翌日に迫る個展開催にむけて夜を徹して筆を入れ続ける画家の姿がありました。それはまさに自分を絞って滴る1滴をカンバスに表現する苦しみに満ちた姿に見えました。しかし、朝になっても完成することはありませんでした。

予定通り個展は開催され、来迎図は未完のまま展示されていました。山口さんは閉館から朝までの間と休館日に美術館に通って筆を進めていました。5月17日、ついに未完のまま個展は終了しました。

画家がひとつの絵を完成させる姿を目の当たりにして感じるのは、そこにあったのは仕事という概念ではなく表現でした。

posted by CYL at 14:27 | 情熱大陸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする