2015年04月10日

北陸新幹線開通が北陸を変える(ガイアの夜明けで紹介された事例)

ガイアの夜明け 
北陸新幹線開通が北陸を変える



2015年3月14日北陸新幹線が東京から金沢までの区間が開通しました。そのことで一体どんな変化があったのでしょうか。ガイアの夜明けで紹介された3つの事例をまとめてみました。


<1. YKK 災害時に備えて本社機能一部移転>

ファスナーの製造販売で有名なYKKは、本社機能の一部を富山県黒部に移します。きっかけは東日本大震災でした。災害時本社機能を維持するための決断でした。もともと黒部には研究開発の拠点があり、そこへ現在東京秋葉原にある本社で働く1500人のうち230人が2016年3月までに黒部に移る予定です。移転の決断を後押ししたのが北陸新幹線の開通でした。



<2. 海外の個人向けの通販サイトの商材発掘>
JR西日本とナビバードが共同運営する「ジャパンスクエア」では西日本の伝統工芸品や食品を発掘して販売しています。

ナビバードの社長 
山中和也さんが発掘した商品

かわいい和菓子
山中温泉 山海堂
1905年創業の老舗和菓子屋さんです。4代目店主黒田清彦さんがひとりでつくる”かわいい”和菓子が海外の熱い視線を集めています。その商品は最中の皮の中に季節にあわせ桜などをあしらった千菓子(ひがし)が入っています。


世界でひとつのカバン
石川県穴水町
谷口木工工芸 社長 谷口正晴さんが作るのは1万本に1本と言われる柿の木の中でも希少価値の高い「黒柿」を原材料にした商品です。黒柿を厚さ0.1mmのシートに特殊加工すれば、折り曲げても曲げても割れません。そんな黒柿のシートをつかって作ったカバンは世界にひとつしかないオリジナルの模様が入ったカバンとなります。



<3. 地元の技のコラボ ガラスと和紙>
北陸新幹線の窓ガラスをつくった三芝硝材の合わせガラス技術と400年の伝統を誇る「びるだん和紙」の若き職人の技

三芝硝材
富山県高岡市
1957年創業従業員250人のガラス加工一筋の会社です。2004年中国に生産拠点を移しコスト削減を検討し土地を購入しました。しかし、熟慮の末、価格競争ではなく日本の強みである高い品質と技術で勝負をすることにしました。その決断が三芝硝材ならではオリジナル新商品を生み出しました。

合わせガラスの特徴
割れても破片が細かく飛び散らない
割れて貫通することがない

合わせガラスの作り方
ガラスとガラスの間に「中間膜」と呼ばれる樹脂できたシートを挟み込んで釜に入れて熱と圧力を加えて1枚のガラスとなります。

三芝硝材の釜
日本で1番大きな合わせガラスを作ることができる釜です。(世界では2番目)

びるだん和紙職人川原隆邦さん
画期的なオリジナル合わせガラスを開発するためにタッグを組むパートナーは、富山県朝日町蛭谷地区(びるたに)地区という人口130人の集落にいました。川原隆邦さんは400年にわたってつくられてきた「びるだん和紙」の職人です。かつてびるだん和紙をつくっていた家は120件ありましたが、いまでは川原さんただ一人となっています。川原さんは後継者がいなければびるだん和紙の伝統が絶えてしまうことと憂い13年前に最後のびるだん職人に弟子入りしました。しかし、師匠は5年前に他界しましまし、現在は33歳の若さで400年の伝統技術を守っています。

川原さんが製作した文様入りのびるだん和紙を2枚ガラスの間に挟むことで文様に立体感が生まれました。それを可能にしたのは三芝硝材の職人さんの技術でした。ポイントはガラスを合わせるときに入る気泡です。気泡が入ると見た目だけではなくガラスの強度に影響がでてしまいます。さらに難しいのは手作りの和紙であるために和紙の厚さが一定ではないということです。うまくガラスを合わせることができたのは職人さんの長年の勘をつかったまさに匠の技でした。

完成したガラスは光が透過すると和紙の文様が”立体的”に浮き出て見える仕組みになっています。多くの人に見てもらおうとサンプルでつくった2メートルのびるだん和紙をつかった合わせガラスが本社入り口に展示されました。そのサンプルを見に訪れたガラスを多く使った建築で有名な新進気鋭の建築家 香取建築デザイン事務所 香取武則さんの目には多くの可能性が広がる商品として映ったようです。



posted by CYL at 17:58 | ガイアの夜明け | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする